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【練習動画あり】初心に帰って、安里屋ゆんた。

この記事は、移転する前のブログから転載したものです。

竹富島(西表島)の水牛と牛車

 

「安里屋ゆんた」大解説

合乙老を覚えたら、最初の曲は「安里屋ゆんた」。

どうして最初にこの曲をやるの?

「サー君は野中のいばらの花か サーユイユイ」で始まる「安里屋ゆんた」。
沖縄だけでなく、日本全国に広く知られています。
私の教室や愛好会では、初心者としてお見えになった生徒さんや会員さんたちに最初にお教えする曲はこれ、と決めています。

 

しかし、沖縄出身者以外でこの曲をよく知っている、覚えている、聞いたことがある、というのは50代、いや60代以上の方々が多いのかもしれません。
竹富島や西表島に行ったことがある方なら、「水牛が引く牛車の中で船頭さんが弾き語りをしてくれる曲」というヒントで「ああ〜、あれ!」と思い出されることもあるでしょう。
その他の、特に若い年代の方々にはあまり馴染みがないようで、最近は「安里屋ゆんたは聞いたことがないので、『島人ぬ宝』を先にやらせてください」というような声も聞くようになりました。

 

BEGINの曲はもちろん素晴らしいのですが、三線の運指の基礎を学ぶにはやや効率が悪いのです。歌謡曲ですから、民謡とはリズムや音階が違っており、基礎をすっ飛ばして応用編、みたいな感じになってしまいます。

 

「安里屋ゆんた」は運指の基本がみっちり入っています
この曲さえ覚えてしまえば、あとが楽なのです。
さらに、四番までゆっくり弾いて歌っても3分以内に収まる短さであること、またメロディーが単純で覚えやすいこと、歌詞がほぼ日本語(囃し言葉のみ八重山方言)でわかりやすいこと、と初心者にとっては良いこと尽くめの曲なのです。

 

とか言いながら、上記のことはすべて「新安里屋ゆんた」のお話。古い安里屋ゆんたもあります。

 

Paipateroma – 投稿者自身による作品, CC 表示 3.0,オリジナルはこちら

 

実は、安里屋ゆんたは「古い安里屋ゆんた」と「新しい安里屋ゆんた」とがあります
冒頭で語っているのは新しいほうの「新(しん)安里屋ゆんた」についてです。

 

ここでは、古いほうの安里屋ゆんたについて、少し語りますね。

 

昔々、と言っても大昔ではない18世紀。赤瓦の集落とコンドイ浜で有名な竹富島に、それはそれは美しい安里屋クヤマという若い女性がおりました。
当時、宮古や八重山の離島には沖縄本島の首里王府から役人が派遣されて、数年の赴任中に現地妻を持つのが習わしでした。
ある日、首里から「目差主(みざししゅ)」という下級役人が竹富島にやってきて、クヤマに一目惚れします。
当然、結婚してくれ、ということになります。
でもクヤマは「私は島の男がいいわ〜」と、断ってしまいます。
そのあとクヤマはより位の高い「与人親(あたりょうや)」に奉公する(結婚する)ことになり、傷心の目差主は別の美人と結婚して、めでたしめでたし。
古い安里屋ゆんたの歌詞(「サー あさどやぬクヤマによ サーユイユイ」で始まります)は、このクヤマと目差主との会話をコミカルに歌ったものです。

ー以上、Wikipediaと新城寛三著『八重山古典民謡歌詞集』を参照しました。

 

「ゆんた」という言葉は、八重山地方の「労働歌」、特に「畑仕事をしながら男女が掛け合いで唄う労働歌」という一つのジャンルを表します。

 

ですので、八重山地方には「◯◯ゆんた」という曲がたくさん伝わっています。「安里屋ゆんた」はその中の一つです。

 

新安里屋ゆんた、誕生。

「古い安里屋ゆんたの歌詞を日本語にしてわかりやすく編曲してもらえないか」との依頼を受けた、星克(ほし かつ。いかにも作詞家っぽい名前ですが、どちらかと言うと政治家として知られています)と宮良長包(みやら ちょうほう。音楽の先生で、今に伝わる様々な沖縄の名曲を作曲されました)のお二人の手によって、新安里屋ゆんたが誕生し、1934年(昭和9年)にコロムビアレコードからレコードが発売されました。沖縄県だけでなく、全国区での発売です。

 

この、新しい安里屋ゆんたを、この後もたくさんの歌手がカヴァーして歌い継いだため、「新安里屋ゆんた」が「安里屋ゆんた」として、日本中に広く知れ渡ることとなったのです。

 

新安里屋ゆんたの工工四と練習動画

画像をクリックするとPDFが開きます。プリントしてご利用ください。

 

リンク先のPDFはA4用紙3ページになっています。

練習用動画(一番のみ)もあります。どうぞご覧ください。

 

 

新安里屋ゆんたの歌詞の解説。

星克が作詞したのは四番までで、五番は後世に誰かが付け加えた歌詞です。ですので、括弧書きにしてあります。

 

お互いを気にしながら畑仕事をしていた若い男女が仲良くなり、人目を忍ぶデートを重ねてプロポーズに至るまでの情景が、生き生きと描かれています。

 

…と言われても、歌詞をざっと読む限りではピンと来ないですよね。解説していきます。

 

【一番の歌詞】

サー君は野中のいばらの花か
暮れて帰れば ヤレホニ引き止める

一番では「いばらの花」のような可愛い女性が気になった男性が、夕暮れ時に仕事を終えて家に帰ろうとするその女性に声をかけて引き止めます。お互い、ここで初めて知り合った模様です。

 

【二番の歌詞】

サー嬉し恥ずかし浮名を立てて
主は白百合 ヤレホニままならぬ

二番。こちらは女性が主語です。「主(ぬし)」がわかりにくいですが、これは沖縄の言葉で「貴方(あなた。男性に対して)」のことです。こちらを見ると、古い日本語にも同じ意味が掲載されています。沖縄の言葉は、日本の古語を残していることがよくあります。
つまり、二番の歌詞は「私たちのことが周囲の噂になって嬉し恥ずかしだけど、あなたは白百合のようなすらっとした美男子でおモテになるから、ヤキモキしちゃうわ」というような意味でしょう。

 

【三番の歌詞】

サー田草取るなら十六夜月夜 サーユイユイ
二人で気兼ねも ヤレホニ水入らず

三番では、人目を忍んで夜中に二人で田んぼの草取りをしています。他に人影もなく、急速に仲が深まっていることが読み取れます。

 

【四番の歌詞】

サー染めてあげましょ紺地の小袖 サーユイユイ
掛けておくれよ 情けのたすき

四番は、沖縄の文化がそのまま映し出されているため、意味を取るのは難しい歌詞です。古い時代の沖縄では「男性の肩に手巾(てぃさーじ。手ぬぐいのような、タスキのような細長い布)を掛ける」という仕草が女性からの愛情表現、愛の告白を意味していました。また、昔の沖縄の独身女性は、濃い紺色の着物(紺地)を着ることはなく、浅地(あさじ)と呼ばれる水色っぽい着物を着る習わしでした。
紺地の小袖を染めてあげましょう、ということはつまり「僕と結婚しましょう」ということになります。

 

 

こうして見ていくと、五番の歌詞がどことなく取ってつけた感じがするのが、おわかりいただけるでしょうか。

 

今日も愛好会やりますよ!

今日もいつもの場所で、いつものように、皆様のお越しをお待ちしております!

 

お天気のせいでお足元が悪いですので、お気をつけてお越しくださいね。

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